発刊にあたって
千葉県立山武農業高等学校長
冨澤 哲

 本校は、大正九年十二月、私立実業補修学校(蓮照寺客殿)を仮校舎に、甲種郡立山武農学校として創立されて以来、大正十二年に県に移管、さらに昭和二十三年の学制改革により、山武農業高等学校となって現在に至っております。
 その間、地域先覚者、県関係者、歴代校長を中心とする教職員、同窓会、PTA、諸団体等のたゆまない努力により、名実共に一大農業高等学校の座を確実にしたことに対し、改めて敬意と感謝の念を深く申し上げます。
 さて、我が国は高度情報社会、国際社会や科学技術の急速な進展と併せて生徒数激減期を迎え、未曾有の教育改革の時代へと突入するに至っております。本校もこのような多様化の時代への対応として、従来の農業科、園芸科が生産技術科、生物工学科へ、また、生活科が、生活科学科へと学科改編し、ここ十年間で驚異的な変貌を遂げております。今後益々変革を迫られることも予想されますが、「農は国の基」の基本理念を忘れず、魅力的でしかも特色ある農業高等学校への追求を進めていきたいと考えます。
 八十周年記念事業としての校史の編纂に当たっては、「五十年の歩み」に当時の校長渡辺健三先生の序文で「本校は、僅か五十年間とはいいながら、四十年史も、三十年史も残念ながら編纂されず、しかも終戦時の処理を誤り、戦前戦後の重要資料である学校日誌・日直日誌が残されていない。」とあり、第一号の発刊の苦労を忍ばせます。これを基に六十周年、七十周年とそれぞれの記念行事に合わせて、「歩み」が刊行され第四号となります。今回も先例に習ってその内容の一部を補訂し、特に、その後の十年の歩みを中心に編集し通史として発刊することとなりました。
 本誌の刊行に当たり、貴重な資料等をお寄せいただいた方々並びに編纂に当たられた委員の先生方に深く感謝の意を表し、巻頭言といたします。



発刊に寄せて
創立八十周年記念事業実行委員長
石井 達雄

 本校は、大正九年十二月に、郡立山武農学校として創立されて以来、八十周年という輝かしい節目の年を迎えました。これを機に、記念の式典を挙行するとともに、記念誌が発刊されることになりましたことは、誠に意義深く、関係諸氏に心から感謝申し上げる次第です。
 さて、本校はこれまで幾多の時代の試練に耐えながら、常に「誠実・勤勉・敬愛」という建学の精神を掲げて参りました。
 現在は生産技術・生物工学・食品工業・農業経済・生活科学の五科を擁し、施設設備を充実させた、県下有数の農業高校に発展してまいりました。平成十年度農業クラブ全国大会では、意見発表部門において文部大臣賞を受賞し、また平成十一年度全国高校駅伝競走大会に出場し好成績をおさめるなど、全国にその名を知られる活躍をしてきております。また、本校の実践的農業教育を学んだ数多くの優秀な人材が各界、各方面で活躍されております。
 二十一世紀を迎えた今日、日本農業をとりまく環境は誠に厳しいものがあります。しかし、食糧の生産および地球環境の保全に果たす農業の役割はますますその重要性をたかめてきております。また、地域農業の本校に寄せる期待もいよいよたかまってくるものと思われます。
 創立八十周年を機に、先輩諸賢の識見と熱意に思いを寄せ、本校の光輝ある伝統を顧みることが、本校農業教育のさらなる発展に資するものと考えます。
 終わりに、貴重な玉稿と資料をお寄せ下さいました皆様と編集に御尽力下さいました編集委員の方々に、心から御礼を申し上げ発刊の御挨拶といたします。

校長式辞
校長 冨澤 哲

 本日この佳き日に、公私とも御多用にもかかわりませず、県教育委員会学校指導部長の長谷川昭彦先生、県高等学校長協会副会長の鈴木健生先生の御臨席を頂き、多数の御来賓各位をお迎えして、ミレニアムの年に本校創立八十周年記念式典を挙行致しますことは、不滅の校史に画期的な一頁を加えるもので、私にとりましても誠に光栄であり、喜びに堪えません。
 今や人生八十年と申します。
 一口に八十年と申しましても人生と同様、決して短いものではありません。紐余曲折、起伏に富んだ道に横たわる幾多の艱難を打破して、今日の隆盛をみるに至るまでには、歴代の校長先生を中心にした学校職員の協調・努力はもとより、本校に寄せられた同窓会PTA及び地域の方々並びに関係諸団体の皆様の絶大なる御支援と御協力の賜と深く感謝するところでございます。
 顧みますと、本校は大正九年十二月一日、甲種の郡立山武農学校として設立を認可され、ここ宮谷の地に産声をあげたのであります。その後、大正十二年県立に移管され、更に昭和二十二年の学制改革により、山武農業高等学校となって現在に至っております。
 本校は、創立以来「誠実・勤勉・敬愛」を校訓として、知・徳・体の調和のとれた人間形成を図り、将来有能な産業人となるに必要な知識と技術を修得し、産業界の推進力となり得る人材の育成を目指し、教育を展開してまいりました。この教育方針を基に、本校に学び、世に出た卒業生は、実に一万四千余名におよび、地域の要望に応えて、農業の進展に精励され、また、県内外を問わず、各界各職場で立派に活躍され、輝かしい功績を挙げられておりますことは誠に喜ばしい限りで、改めて敬意を表する次第であります。
 さて、時あたかも二十一世紀を直前にひかえ、我が国は、高度情報社会や国際社会及び科学技術の急速な進展に併せて、生徒激減期を迎え、未曾有の教育革命の時代へと突入するに至っております。本校も、このような多様化の時代への対応として、従来の農業科・園芸科が生産技術科・生物工学科へ、また、生活科が農業経済科、生活科学科へと学科改編し、食品工業科以外ここ十年間で驚異的な変貌をとげており、現在、それぞれの学科の特色を生かす教育の実現に励んでおります。
 また、昨今、「教育の荒廃」という言葉が取り立たされ、いじめや暴力、不登校、中途退学など生徒の「心の荒廃」が大きな社会問題となっております。高学歴社会に対応するために、受験競争が過熱化し、知育のみを重視し、徳育や体育を過小評価したこともその一因といわれております。今回の新学習指導要領でも、生徒に豊かな人間性や自ら学び考える力、即ち「生きる力」を育成することが大きな柱の一つとなっております。
 かねてより、本校生徒は、日々農業実習に汗を流し、勤労の精神を培い、また、生き物や農産物を扱うことで生命の尊重や思いやりの心が養成されております。これをみましても、「生きる力」を育成できる格好の場であると自負しております。今後も、本校教育の礎に据えたいと考えております。
 ここで、先輩が残され、今も延々と引継がれている偉業について二三紹介させていただきます。
 その一つは、昭和四十六年度生徒・保護者・学校の三者が安全教育に取り組み、全県に先駆けて作られた交通安全教育推進親子協議会であります。この活動が認められて昭和五十二年度に学校教育活動としては、最高の栄誉である総理大臣賞を受賞し、以来三十年この精神を引き継ぎ、安全教育、生命尊重の教育を最重点目標にし、三者意を一つにして活動しております。
 次に、皆様も御存じのとおり高校駅伝のことです。昭和二十六年度に第二回全国大会に出場して以来都合八回の出場を数え、昨年度もなみいる強豪を押し分けて全国大会に出場しましたことは、記憶に新しいことであります。加えて、関東大会出場回数が関東一位であることは特筆すべきで、本校の駅伝に対するなみなみならぬ思い入れを強く感じるところであります。
 また、本校は、高等学校農業クラブの各種競技会で毎年優秀な成績を挙げており、よき伝統として定着しております。
 生徒の皆さんは、これら、山武健児の残された「誇り」を継承するとともに、新しい時代に「生きる力」と、職業人としての強さを十分に養うよう切望いたします。
 私ども職員一同は本日の盛儀を契機として、「農は国の基」の基本理念を忘れず、魅力的でしかも特色ある農業高等学校への追求を推し進めていく所存でございますので、今後とも変わらぬ御支援・御指導をお願いいたします。
 終わりに、本日ここに、御臨席を賜りました御来賓の方々に謹んで謝意をあらわし、重ねて生徒諸子の健やかな雄飛を切に期待しまして式辞と致します。



県教育委員会挨拶
学校指導部長 長谷川 昭彦

 本日ここに、千葉県立山武農業高等学校の創立八十周年記念式典が挙行されるにあたり千葉県教育委員会より一言お祝のごあいさつを申し上げます。
 山武農業高校は大正九年、郡立山武農学校として九十九里平野を見渡すこの地に創立され、以来、歴代校長先生をはじめ教職員の皆様の並々ならぬご努力により本県の農業近代化の先駆的役割を果たしつつ、今日このような隆盛を見るに至ったわけであります。誠にご同慶に堪えません。
 この間、様々な教育課題に応えつつ、県下農業界をはじめ各界に活躍する優れた人材の育成に努められ、常に本県農業教育の中心的立場を堅持してまいりました。このことは、単に学校だけでなし得たものでなく、PTA、同窓会及び関係市町村の皆様方の御支援、御協力の賜であります。関係各位の御尽力に深く敬意を表する次第であります。
 山武農業高校の教育環境は極めてよく整備され、「中正農場」の充実や生物工学棟の完成など、少子化や情報化の社会の変化に対応した学科改編を経て農業の近代化教育に最適な環境づくりを推進しております。千葉県は首都圏にあって、緑豊かな県土を有するとともに、全国有数の農業生産県でもあります。この実績を堅持しつつ、さらに発展を図っていく上で、山武農業高校が農業界の優秀な人材を育てていくことはいうまでもなく、動植物とともに額に汗し、生命と向き合った教育を通し次世代を担う、心豊かな青少年を育成していただきたく願うものであります。
 千葉県教育委員会では二十一世紀の第一、四半世紀を展望し、新たな時代に即した教育の基本姿勢を示す教育長期ビジョン「千葉の教育(夢・二〇二五)」を昨年九月に策定し、学校教育の基本目標として、「児童生徒が基礎・基本を習得し、個性を伸ばすことのできる学校環境づくり」を掲げております。すなわち、県民一人一人が、生涯を通して「学ぶ喜び」を感じながら「時代をひらく力」を培うことのできる、学習環境の実現をめざしているところです。
 恵まれた環境のなかで学ぶ生徒諸君は、いかなる困難にもめげず、勤勉で誠実に生き抜く質実剛健な「山農精神」を体得し、山武農業高校八十年の伝統を顧み、自然や環境との調和など二十一世紀を展望した農業の役割と使命を十分に自覚し、人間性豊かな産業人として社会の発展に尽くされるよう、心から望んで止まない次第であります。
 どうぞ、この八十周年を節目として、生命の尊さを教える、すばらしい農業高校として発展されることを念願してやみません。
 終わりに、創立以来、昼夜を分かたぬ教育に御努力なされた歴代校長はじめ教職員、ひたすら母校を想う幾多の同窓生そして地域の方々、保護者の皆様に対し、深甚なる敬意と感謝の意を表するとともに、山武農業高等学校の一層の御発展を祈念いたしまして、お祝の言葉といたします。




実行委員長挨拶
創立八十周年記念事業実行委員長 石井 達雄

 本日このよき日に来賓各位多数のご光臨のもとに千葉県立山武農業高等学校創立八十周年の栄えある記念式典が盛大に挙行されますことは、誠にご同慶に堪えません。
 本校創立八十周年記念事業実行委員長といたしまして関係者各位の並々ならぬ御支援に対し衷心より厚く御礼申し上げる次第でございます。
 さて本校は地元の有識者諸賢の熱意と地域関係者の支援によりまして大正九年十二月一日この宮谷の地に郡立山武農学校として創立を許可されたのであります。稲の品種改良や綿の研究で輝かしい業績のあった岡田鴻三郎博士を初代校長として迎え、その薫陶のもと「日本一の農学校をつくらん」と多くの俊秀が集い、八十年の歳月が流れたのであります。この間本校に学び建学の精神を体得して世に出た卒業生は一万四千名を超え、地域産業や地域行政の発展に大きな足跡を残し、かつまた現在も多方面の分野で活躍しておりますことは卒業生の一員として頼もしく誇りに思うことでございます。
 しかしながらこの間の本校の歩みは決して平坦なものではなかったと思われます。幾多の試練に耐え、刻苦勉励して今日の隆昌をみるまでには県当局や地域の方々や関係各位皆様の御支援と学校当事者の献身的な努力があったればこそと確信いたしております。
 ところで、このたびの八十周年記念事業として、中庭の環境整備、記念誌の発刊、同窓会名簿の作成、記念講演、記念式典の挙行という五つの事業を企画いたしました。本事業も同窓生並びにPTA等多数の関係各位より多大の御寄付が寄せられ、滞りなく今日の八十周年事業を迎えることができました。これはひとえに関係各位の本校に寄せる愛校心の賜と存じ、感謝の意を表する次第であります。
 申すまでもなく本校は良く整備された教育環境のなかにあって八十周年の間に培われたよき校風と山農精神が現在も脈々と受け継がれ、農業クラブの全国大会、陸上部の全国駅伝大会出場など伝統に恥じない実績をあげ、着実に前進を続けておりますことに感慨ひとしおであります。
 終わりに、本事業を遂行するにあたり物心両面にわたって多大なるご協力を賜りました各位に対して重ねて御礼申し上げますとともに、今後とも本校の教育発展のために格別の御支援を賜りますようお願い申し上げ私の挨拶といたします。




県高等学校長協会祝辞
校長協会副会長 鈴木 健生

 本日は、千葉県立山武農業高等学校創立八O周年記念式典が盛大に挙行され、誠におめでとうございます。千葉県高等学校長協会を代表いたしまして一言お祝いの言葉を申し上げます。
 本校は、大正九年に地域農業の振興に資する産業人を育成するために創立されて以来大正、昭和、平成と激動の社会情勢の中で、幾多の困難を克服し、時代の要請や地域の期待を担いながら人間性豊かで堅実な校風と実学教育の伝統を築きあげられ、地域における教育振興の重要な役割を果たしてまいりました。
 今日迄に、一万四千有余名に及ぶ先進農業人の育成をはじめ優れた産業人を多数輩出し、地域に根ざした農業高校として名実共に輝かしい発展を続けられ、ここに創立八十周年を迎えられましたことは誠に喜ばしく心からお祝を申し上げます。
 今高校教育は少子化、国際化、情報化等の社会の変化に対応して様々な教育改革が進められておりますが、本校が更に新世紀を展望した地球環境との調和や保全の視点に立った新しい農業教育を積極的に推進され、新時代の農業や幅広い産業人の育成に一層貢献されることを御期待申し上げます。
 また、現在、心の豊かさが強く求められておりますが、本校は教科指導とともに、生命尊重の安全教育に力を入れられ地区別親子協議会の実践活動などを通し、交通安全推進優良校として、干葉県知事表彰、文部大臣表彰、内閣総理大臣表彰を受賞し、また、平成六年には教育課程の県教育委員会の研究指定校として、平成十二年には教育相談の文部省研究指定校として輝かしい教育成果を上げており、敬意を表する次第です。
 更に、特別活動も活発であり、農業クラブや陸上競技部の活躍はめざましく、関東、全国大会において優秀な成績をおさめ、立派な伝統を築かれたことは、本校の大きな特色であり、誇りであります。
 この創立八十周年の記念すべき時にあたり、生徒の皆さんは本校の長い歴史と名誉ある伝統に思いをいたし、校訓の「誠実・勤勉・敬愛」を今一度しっかりと心に掲げて勉学に部活動に情熱を燃やして欲しいと願ってやみません。
 終わりに千葉県立山武農業高等学校の一層の御発展を心から祈念いたしまして、お祝の言葉といたします。






県議会祝辞
県議会議員 阿井 伸也

 本日、千葉県立山武農業高等学校創立八十周年記念式典が挙行されるにあたり、県議会を代表して一言お祝いの言葉を申し上げます。
 かえりみますと本校は大正九年十二月、地域の熱心な要望と先見の明によって、時の文部大臣より郡立甲種農学校として設立認可され、大正十二年四月県立に移管されました。昭和の激動期、戦後の混乱期、高度経済成長期を経て二十一世紀を展望する今日、八十周年記念式典が盛大に挙行されますことは、誠に御同慶に堪えません。
 この長い期間にわたり、本校は時代の変遷とともに幾多の困難を乗り越え学級増、校舎の増改築、関係施設設備の充実などよく地域の教育振興のために努力されてまいりました。
 特に戦後における新学制実施により県立山武農業高等学校として認可されるやいち早く農業、農産製造、農村家庭の三課程を設置しました。その後においても逐次課程内容を充実強化され、近年の時代の進展にともない大幅な学科改編を行い、現在は生産技術科・生物工学科・食品工業科・農業経済科・生活科学科の五学科を擁し、また開かれた学校として開放講座を開設するなどよく地域社会の要請に応え、名実ともに県下有数の農業高等学校として発展し続けております。
 これもひとえに歴代校長先生をはじめ、諸先生方ならびに関係者各位の御尽力の賜であり心から謝意を表する次第であります。私ども県議会といたしましても教育振興の重要性を鑑み、学校施設の充実、教育環境の整備について真剣に取り組んでいる所であります。どうか皆様方におかれましては、本式典を契機といたしまして、旧倍にもして益々本校の発展のために寄与されることを願うとともに、在校生の皆さんは生涯学び続けるに必要な基礎・基本と健康で豊かな人間性を身につけ、将来有能な産業人となられんことを切望してやまみせん。
 終わりに、千葉県立山武農業高等学校のさらなる飛躍を祈念いたしまして、祝辞といたします。




後援会祝辞
後援会長・大網白里町長 堀内 慶三

 本日、ここに千葉県立山武農業高等学校創立八十周年記念式典が挙行されるにあたり、後援会を代表いたしましてお祝いの言葉を述べさせていただきます。
 本校校長の冨澤哲先生をはじめ職員・生徒の皆さん、同窓会、PTA並びに関係各位の皆さん、本日は本当に感慨もひとしおのことと心よりお慶び申し上げます。
 さて本校は時の山武郡長大橋高四郎氏の働きかけのもと地元の有識者の熱意と支援によって初代校長岡田鴻三郎博士を迎え、大正十年四月五日に新入生百四十九人教員七名をもって第一回入学式を挙行しました。爾来、今日まで八十年の間、激動と波乱の時代を経験しながら県下に誇り得る農業高校として揺るぎない伝統と歴史を刻んでまいりました。
 本校の位置する宮谷の地は鎌倉の昔より僧侶の学問所としての宮谷檀林、江戸期には朱子学者の稲葉黙斉が「孤松庵」を開き、明治の黎明期には宮谷県庁が置かれるなど由緒ある政教の地であります。創設・揺藍期、激動の昭和を閲して山武農を今日まで発展充実させていただいた県教育委員会・同窓の諸先輩・歴代校長諸先生に改めて深く感謝の意を表する次第であります。
 平成に入り学科改編を進め生物工学棟の完成やバイオテクノロジー・情報教育に力を入れ、社会の変化に対応した農業高校のあり方を模索しつつ開放講座を開くなど地域と共に歩む学校づくりを目指しております。また、伝統ある陸上部が全国高校駅伝大会に出場し師走の都大路を力走した姿は、大網白里町にとってもこの上ない誇りと慶びで一杯でございます。
 ところで、本校卒業生の数は一万四千余名に達し、各分野で御活躍されておられることは、誠に喜ばしい限りでございます。これもひとえに本校の産業教育に対する並々ならぬご努力の賜と敬意を表する次第であります。そして本校の所在する大網白里町も都市と農村の調和のとれた「明るく豊かな住み良い田園都市文化」の実現を目指し、平成一三年度より第四次総合計画が始まります。今後、本校に対する地域の期待は更に大きいものとなるでしょう。
 本日の盛典にあたり衷心よりお祝い申し上げ、あわせて本校が益々発展されますよう祈念して簡単ではございますがお祝いの言葉とさせていただきます。



PTA祝辞
PTA会長 鈴木 正志

 二十世紀も残り少なくなって参りましたが、ミレニアムの年に本校が、大勢の御来賓の御臨席のもと、創立八十周年の佳き日を迎えられますこと、PTAといたしましてこの上ない喜びとするところであります。
 本校PTAは、生産技術科、生物工学科、食品工業科、農業経済科、生活科学科で学ぶ生徒の保護者八百数十名の会員をもって組織する会でございます。そして私は初代会長の鈴木慶之助氏から数えて十一代目であります。
 七十周年記念式典の折、皆様に御挨拶申し上げました第三代会長桜田盈一氏は、三十数年もの長きにわたり会長をされた方で、本校の生徒が生活の中に信義・誠実という一本の筋を通していける社会人に成長されることを願い、PTA活動に微力を尽くしたと記しております。私も今日の姿まで育てあげて下さった歴代会長の熱意と苦労に感謝申し上げながら、全会員と心をひとつにいたしまして、「農業教育は人間形成の中で命を育み豊かな心をつくる」という本校の教育理念を側面から応援し、協力して発展させていきたいと考えております。
 本日ここに、山武農業高校八十年の歴史を顧みますと、大正九年に明日の地域農業を担う若手の育成を目指して大網実業補習学校が創立され、大正十三年に県立山武農学校となって現在に至っているのでございます。
 以来、初代校長岡田先生の建学の精神であり校訓であります「誠実勤勉敬愛」の精神が脈々と受け継がれ、その時代に相応しくマッチした教育の心理を、歴代校長先生をはじめ諸先生方、そして生徒が築き、地域の方々関係者に支えられ受け継がれてきたからこそすばらしい校風と伝統とができてきたものと信じるものでございます。
 伝統は後輩にとり、時にはプレッシャーに感じることもあろうかと思いますが、伝統をバネに致しまして見事栄冠を手にし、創立八十周年に花を添えてくれましたのが陸上競技部であります。昨年十一月七日に白井町で行われました県高等学校駅伝競走大会男子の部で勝ったのです。それはドラマチックな胸の差の勝利でした。その時会場のあちらこちらから聞こえてきたのは、伝統だ!伝統だよ!の声でした。師走もおしつまった十二月二十六日、京都府で行われた全国高等学校駅伝競走大会に千葉県代表で出場したのであります。その節には、皆様方に御支援、御声援を頂きまして有り難うございました。選手は都大路を精一杯走り五十八チーム中三十二位の成績にてゴールしました。私達は更なる活躍を期待するとともに、感動を与えてくれました陸上競技部員に感謝申し上げる次第です。
 また、農業クラブ、文化面でも目覚ましい活躍をしているのであります。県大会、関東大会と勝ち進み、農業クラブ全国大会には毎年のように出場し、昨年度には富山県で行われました鑑定競技に於きまして、三名の生徒が優秀賞を受賞しました。
 特筆すべきことは、新聞等で御承知の方もおいでになると思いますが、一昨年、北海道で開催されました農業クラブ全国大会で、当時三年生の八角洋平さんが意見発表の部で見事最高賞の文部大臣奨励賞と最優秀賞とのダブル受賞に輝いたのです。その時の発表内容は、自身が牛の受精卵移植から子牛を誕生させて、その子牛を「ようへい」と名付けて飼育し、調査研究した時の体験をまとめ上げ「ようへいの教え」のタイトルで発表したのでした。
 今年度になりますと、牛の雌雄産み別けに関するバイオの技術と取り組み方法を酪農専門誌に発表して、地域畜産家や関係者に朗報をもたらし、新聞各紙でその受精卵移植の技術の高さと取り組みについて評価され誉め称えられたのでした。
 これら全て学校、生徒の誇りであります。他にも地域・県で活躍しているクラブや部があり頼もしい限りです。これまで一歩一歩築いてきました輝かしい伝統と校風を受け継ぎ、校訓を胸に更に飛躍を期待し、発展を願うところでございます。
 残すところ一ヶ月余りで二十一世紀を迎える訳ですが、私達PTAは、子供達が複雑多様化した高度情報化社会の中にありまして、 農業をとりまく環境も国際化の波で一段と厳しくなってくると思われますが、世界に目を向け活躍できるように教材・設備の整った中正農場や蒲田農場・食品製造のプラントを有する食品工業科棟、平成九年に完成しましたバイオの研究や技術者の養成が出来る生物工学棟、その他諸々の近代的な、あるいは改善された施設を利用し勉強して、二十一世紀の社会で指導的立場になれる有能な人材に育ち、次々と巣立ち大成して欲しいと願うものであります。
 私達会員も、仲良くそして連絡を密にし情報を交換して、山武農業高校が一層の発展をするよう努力し、会員としての責任を果たす所存でございます。今日の発展まで御尽力いただきました関係者大勢の方々に、衷心より感謝申し上げますとともに、今後とも御指導、御鞭撻を賜りますようお願い申し上げまして御挨拶と致します。




同窓会特別来賓祝辞
同窓会特別来賓 小出 義雄

 ただ今ご紹介をいただきました小出でございます。本日は創立八十周年記念という大変お目出度い席に御招待を賜りまして誠にありがとうございます。私も今お話の中にございました一万四千余名の中の卒業生の一人でございまして、卒業させていただきまして大変うれしく思っております。
 振り返ってみれば、昭和三十三年に卒業させていただいたのでございますが、当時、中正農場まで鍬を担ぎながら、石ころや土の道を約一時間かけて、歩いたのを覚えております。また、今は反省松が大分移動されておりますが、当時線路の横にございまして、帰ってきてから、部活動でそのあたりのグラウンドを毎日毎日、先輩・後輩や同輩といっしょに走っていたことを、また、授業におきましては、夜、教室に泊りながら、実習や養蚕をしたことをついこの間のように思うのでございます。おかげさまで、この伝統ある山武農業高校の陸上部の一員として、三年間先輩や皆さんに指導を受けまして、その土台といいましょうか、今も陸上競技を続けておりますが、その大きな、大きな土台で、様々な選手とめぐりあいました。高校では二十三年間監督をさせていただきました。
 その後、実業団で、この山武農業高校で培った体験を礎として何とかオリンピックで金メダルを、と夢見ておりました。一つ目のオリンピック、1992年のバルセロナでは、「有森裕子」におかげさまで、銀メダルを取ってもらいました。しかし、夢が大きく、大きく、膨らむばかりでございまして、2つ目のオリンピック、一九九六年のアトランタでも有森に三位という成績を残してもらいました。そして、この一万四千余名の卒業生として代表として、陸上競技をやらせていただいて、何とか世界一の選手にめぐりあいたい、ということを日頃考えてまいりました。そして、頭の中には一日一日の練習の絵を描いてまいりました。また時には、十年先にはどうなっているか、四十歳になったら、五十歳になったら、六十歳になったらどうなっているかという先の絵を描きながら、ここまで進むことができました。おかげさまで、三つめのオリンピック、2000年のシドニーでは、「高橋尚子」という、本当に無名でございましたが、アトランタ・オリンピックの時には、高橋は、みんなに、「私は有森さんの横の部屋にいるんだ。」と白慢しておったのでございますが、三年後には、予選を通過してそして四年後には世界一になりました。
 これもひとえに多くの先生方や卒業生や同窓生そして後輩の皆様のあとおし、ご指導をいただきまして、ようやく目標の一つの金メダルという所にたどり着きました。夢はまだまだ大きくこれから持って、今度は世界記録を狙うわけでございますが、これも、皆様方のいろいろご指導を受けながら、私はこの山武農業高校を卒業したという誇りをもちながら、今後も歩みたいと思います。今日は八十周年記念というこの大変お目出度い席にお招きいただきました。そして今後この山武農業高校卒業生、同窓生、多くの皆様方の御発展を祈念しながらお祝いの言葉に変えさせていただきたいと思います。どうもありがとうございました。




生徒代表挨拶
生徒会長 田中 雄一

 今回、八十周年の記念式典を迎えるにあたり、我々在校生一同は長い歴史と伝統をひしひしと感じております。各地におられる卒業生の方々の温かい言葉に励ましを受け、昨年の全国高校駅伝では、山武農高の底知れぬ力が爆発しました。物心両面からの御協力本当にありがとうございました。卒業生一万四千名の絶大なる力をこれほどまでに感じたことはありませんでした。
 さて、本校は岡田鴻三郎先生が初代の校長先生とお聞きしております。宮谷祭の写真で拝見する以外に、学祖のお姿はわからないのですが、学校の所々に創立の精神を体感できます。非常に優れた諸設備は県下の農業高校には負けません。
 私達生徒一同も、この記念すべき年に学ばせていただいていることを誇りに思っています。この一年は八十周年記念事業を意識して様々な行事に取り組んできました。体育祭や宮谷祭などは思い出深いものとして、卒業生の心にいつまでも残るものとなるに違いありません。宮谷祭では「夢」というテーマのもと、農業に関する展示や即売を中心としてより一層アカデミックに展開してきました。今日までこの記念すべき式典のために私達も微力を尽くさせていただきました。さらなる山武農業高校の発展のためにも、また貴い学祖の建学の理念の実現のためにもこの良き伝統を継承し発展させていきたいと思います。次は九十周年です。その時の生徒のためにも在校生は頑張らなくてはならないと思う次第です。
 本日は誠にありがとうございました。